2006年03月26日

心洗われる山寺

昼間、時間があったのでN師と京都の望遠鏡ショップのM氏に「海岸寺にでも行ってみますか?」となった。
N氏は私の天文関係の良き師事者で相談相手で10年来のお付き合いです。
「海岸寺?」
「あれ?Nさんに海岸寺を案内していませんでした?、では行きましょう。」
以前は、殆んどが砂利道で、車を走らせるのに面白かった道で、楽しい道であったが今は完全舗装。
色んな話をしながら、海岸寺に到着。
殆んど観光化されてない山寺に感服された様子。

「いやー、清里にこんな所があるなんて‥‥‥!」
「ここは清里じゃないんですよ、須玉なんですよ。ただ町村合併で明野、須玉、高根、大泉、長坂、武川、白州が一緒になり北杜市が出来ましたが」
「紫陽花の季節はまた良いのですが、以前は私もよく来ました。確かに心洗われる、静かなやまでらですね」
「確かにいい所だ」
「昔の京都は良かったけど、今はどうでしょうか?」
「いや、観光バスを横付けして、行列ですよ。ただ市中街を避け、チョット山を登ればまだまだ、観光化されてない、この様な山寺、沢山ありますよ」とM氏。
「ここは、一つに百数十体ある石仏がいいですね」

石仏の謂れをひとくさり


1000年以上ものの永きに渡って、何軒の檀家衆があるのか知りませんが、よくも維持されてこられたものだと、感心するのですが」

いつまでも、心洗われる寺であってほしいですね。